こんにちは^^
いつもアルココ育児ノートをご覧いただきありがとうございます。
今回は個性?特性?その違いについて、書いていきたいと思います。
特に小さい子(3歳未満児)を育てて思うのではないでしょうか?
「これって、この子の『個性』なのかな? それとも発達の『特性』なのかな?」
3歳半健診で長男(ぷぷココ)の特性を指摘されてから、
私はずっとこの問いを自問自答してきました。
「親の育て方が悪かったのか?」
「いや、まだ小さいからこんなもんじゃないか?」
「他の子もおんなじような状態だしな。。」
行ったり来たりする思考の中で、
作者が今、どのようにこの「境界線」を捉えているのか。
わが家の考えを少し整理してみたいと思います。
💡 この記事のまとめ
- 境界線はグラデーション: 「ここからが障害」という明確な線はなく、環境によって見え方は変わる。
- 「困りごと」があるかどうかが鍵: 本人や周囲が困っていなければ「個性」、生活に支障が出れば「特性(障害)」としてサポートする。
- 名前よりも「観察」: ラベル貼りをするためではなく、その子に合った対策を見つけるために「特性」を知ることが大事。
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「個性」と言いたい親心、「特性」と呼ぶ現実
ぷぷココが小さかった頃、
- 動きが止まらない

あっち気になる!

(アルココ)
ちょっとまって^^;
トイレの鍵(個室)勝手に開けないで^^;
(※いつもいらいらしていました)
- 寝ない

ふすふす。(寝ない)

(アルココ)
(乳児期)20時に電気消してもう22時なのにまだ「ふすふす」言ってる
いつ寝るんだろう^^;
という姿を見て、
育て方にこまるというより、他の子が分からないので
これが普通?なのかなと思っていました。
私の両親にきいても、「男の子なんてそんなもんだ」と言われ
私の幼少期もおんなじだったと諭されました。
今思えば、考えを放棄していただけなんじゃないかって。
ぷぷココは1歳から保育園に通っているため、
他の子を見る機会が往々にありました。
上記のような症状(止まらない、寝ない)は集団生活の中で
よく見られるものであり、普通なのかなと思っていました。

僕だけじゃないって。ちくちく言う子もいっぱいいるんだよ。
進級していくと、うちのコは変わらないのに、他の子は落ち着いているような。。。
と思うようになりました。
そして、3歳半健診で指摘を受け、
「個性」というポジティブな言葉で片付けてしまうと
本人が抱えている「生きづらさ」や「困りごと」
を見過ごしてしまうリスクがあることに気づきました。
私が考える「個性」と「特性」の違い
専門家や書籍によって定義は様々ですが、
薬剤師として、そして一人の親として、私はこう区別することにしました。
- 個性: その子の「色」や「持ち味」。潰してはいけないもの。
- 特性(障害): その子の脳の機能的な「凸凹(得意不得意)」。
そして、この「特性(凸凹)」が、
社会や環境とうまく噛み合わずにトラブルになった時、
それが「特性(障害)」と呼ばれる状態になるのだと解釈しています。
「人に迷惑をかけない」のライン
私は子育てで
「個性を潰さずに、でもできる限り人様に迷惑をかけない」
ことを大事にしています。
人様に迷惑をかけないって、漠然としていて
人によって迷惑の定義が違うのに、難しいですよね。
いわゆる、一般目標とお考えください。
例えば、授業中に立ち歩いてしまうこと。
これを「自由奔放な個性」と呼ぶのは簡単ですが、
そのせいで授業が止まり、先生や友達に迷惑がかかるなら、
それは「配慮が必要な特性」として向き合う必要があります。
「個性だから許して」と開き直るのではなく、
「この特性(衝動性など)があるから、どうすれば座っていられるか?」を考える。
ここが親の頑張りどころだと感じています。
ラベルよりも「観察」が大事
「この子はADHDなのか? グレーゾーンなのか?」
診断名(ラベル)をつけることに必死になっていた時期もありました。
ぷぷココは現在も診断されていません。
相談している心理士から受診を進められた事はなく、結局グレーだねと。
診断されているご家庭がなんだってわけではないんですが、
「診断してくれればこっちの気が楽になるのにな」
そんな気持ちになったのも事実です。
でも、ある時ふと気づいたんです。
「目の前のぷぷココは今何に困っているんだろう」
「ぷぷが助けを求めていることはなんだろう」
そこからは、白黒つけることよりも「観察」に徹することにしました。
- 「なぜ今、怒ったのか?」
- 「どんな環境なら落ち着くのか?」
それが「個性」であれ「特性」であれ、観察して対策を立てる(環境を整える)。
そうすることで、結果的に「困りごと」が減れば、
残った部分はすべて愛すべき「個性」として輝くのではないでしょうか。
おわりに:グラデーションの中で生きる
「特性」や「障害」という言葉には、まだ重たい響きがあります。
でも、私たちはみんな多かれ少なかれ凸凹を持った
グラデーションの中で生きています。
ここの考え大事ですからもう一度いいますよ!
私たちはみんな多かれ少なかれ凸凹を持ったグラデーションの中で生きています。
子どもだけじゃないんです。
大人も、凸凹があるんです。
完璧な大人なんていません。
完璧な子どももいません。
自分はこの考えってかなり大事だと思っています。
気持ちが楽になるんですよ。
「(子どもの行動を見て)あー、昔に俺もやったわ」とか
「(偏食を見て)あー、この野菜美味しくないよね。俺もそんなに好きじゃない」
※あくまで特性と個性のグラデーションについてです。
※診断された場合は考え方が変わります。
それは親の育て方のせいではなく、生まれ持った脳のタイプの話です。
大事なのは、その凸凹を「個性」というオブラートで隠すことではなく、
「特性」として正しく理解し、その子が笑顔で過ごせる工夫をしてあげること。
私もまだまだ手探りですが、そんな風に子どもと向き合っていきたいと思っています。



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